うらめしや
姉を殺せしかの女
うらめしや
後幸福なかの女
この怨みどうしてくれよう。
ザクッ・・ザッ・・ザクッ・・ザッ
丑の刻、土を掘る音が響き渡る。
「喜美江、ゆるさないわ。ふふっ、うふふふふふ・・・。」
息も荒く、呟く呪詛は禍々しく夜闇に響いていた。
呪詛は続く、
その意思が続く限り
恨みが耐えぬ限り・・・・。いつか形になるよ?
夢を見た。
無数の、蟲が、蝦蟇が、蛇が、
闇の中で、
噛み、引き裂き、喰らい
その数が減ってゆく、
その中で
暗褐色の蛇が私を見、
その暗い瞳を光らせる。
悲鳴をあげても声になっているかは定かではなく、
ただ闇の空気が震える。
「・・・。」
目を覚ましてもしばらく動く事を体が許さなかった。
視線を動かして、異常を見つけたときあらゆる面で自分は耐えられないことを知っていたから。蛇の眼光が焼きついて離れない・・・。
「奥様。奥様。
旦那様がお起きになられました。奥様もいらしてください。」
使用人の声がする。
「わかりました。すぐに行きます。」
あれから私は浩二さんのところへ嫁に来ていた。
そして長男も生まれて6ヶ月たつ。
我ながら気味の悪い女だと思う。
あんな事をして、表面上と言えど平気で暮らしている・・・。
私は身支度を整えるため、身を起こす。
「・・・!」
半身起こした私の目に写ったものは暗褐色の蛇の皮だった。
「ぅっ・・。」
胃から物が競り上がって来る。
吐き気を何とか押さえ込み、身支度を終え部屋の外で待つ使用人の元へ向かった。
「お待たせしました・・。」
部屋の中が見えないように、障子をできる限り小さく開けすり抜けるように部屋を出る。
「どうかなさいましたか?顔色が優れないようですけど?」
「なんでもありません!」
半ば叫ぶように言った言葉に、使用人が呆然とする。
「・・!そ、そうですか、それは良かった。では参りましょう。」
私が今についたとき浩二さんは、もう卓について朝食を取っていた。
「すみません、遅くなってしまって。」
なるべく平静を装って、卓につく。
「いや、構わない。もう、家には慣れたか?」
浩二さんは朝食を終えて席を立ちながら言った。
「ええ、お陰様で恙無く。」
「そうか、なら良い。私はもう行く。」
使用人からかばんを受け取って浩二さんは出て行こうとする。
「あの・・、浩二さん。」
私は思わず呼び止めた。
「なんだ?」
「あ、あの、蛇にお気を付けください。」
そういって私はうつむく。
「なんだ、縁起でもない。最近は仕事も軌道に乗ってるんだ、そんな事言うもんじゃない。」
浩二さんは訝しげな表情をする。
「はい・・、すみません。」
杞憂ならそれでいい。仕事も軌道に乗っている、何も心配する事なんてない。
「では、行ってくるよ。」
浩二さんが言って後、私は部屋に戻る勇気が出せず、縁側で一人座っていた。
「どうしの、喜美江?姉さんへの黙祷?」
突然の声に、私ははっとして辺りを見回す。その声の主は垣根の向こうにある道からこっちを見ていた。
「彩。どうしたの?」
彩・・・。多恵の妹。
「馴れ馴れしく呼ばないで人殺し。」
「なっ!」
私のその単語に過敏に反応する。
「私は、知っている、あなたが姉さんを殺した事。」
彩は口元に笑みを浮かべる。
「なにいってるの・・・?」
人殺しという単語に過敏反応してしまった事に後悔する。
「姉さんをどうしたの?
山で焼いたか?
川へ流したか?
それとも・・・・あなたが食ったの?この奇人。」
歪んだ憎しみの笑みは見ているものを襲う。
「わっ!私は何も悪くない!」
その声は幼児がする何にもならない事への言い訳の声だった。
「ふっ、ふふ。墓穴を掘ったわね喜美江。情けないこと。」
「私は何もしていないわ・・・。」
語尾を濁して俯く私の目には震えるこぶしが映る。
「今更、嘘を言ってもダメよ。
あら?喜美江大丈夫?気分が優れないみたいだけど?
まだ・・・大丈夫なはずなんだけど?」
「まだ?」
私は顔を上げ彩をうかがう。
「ふふ、なんでもないわ。
それより蛇に気をつけてね。ふふっ、ふふふふ・・・。」
彩は怪しげな笑いもそのままにもと来た道を戻っていった。
「へ・・へ・・び、へび、ヘビ、ヘビ、蛇蛇蛇蛇蛇・・・。」
+ + + + +
「奥様?どうなさいましたか?」
ずっと庭で俯いて立つ私をいぶかしんだ使用人が声をかけてきた。
「蛇蛇蛇蛇蛇蛇蛇蛇蛇蛇蛇蛇蛇蛇蛇蛇蛇蛇蛇蛇蛇蛇蛇蛇蛇・・・・。」
「奥様!!奥様!!どうなさいました!!奥様。」
「蛇蛇蛇蛇蛇蛇蛇蛇蛇蛇蛇蛇蛇蛇蛇蛇蛇蛇蛇蛇蛇蛇蛇蛇蛇・・・・。」
延々と狂言は続く。
「誰か来て!奥様が!奥様が!」
この光景を垣根の死角から覗くものが独り。
「ふふっ・・・。喜美江ったら、さきに頭がやられちゃったのね。
あと少し、あと少し、喜美江だけでは終らせないわ。
喜美江を選んだ、浩二も一緒に滅べばいい。」
目を覚ますと私は部屋に居た。
「あっ・・。」
何か言おうと声を発すると、傍にいた使用人が私に気づく。
「あっ!」
使用人は立ち上がって部屋を出る。
「旦那様!奥様がお目覚めになりました。」
使用人の声が遠くから聞こえる。
しばらくして、浩二さんが私の部屋へ入ってきた。
「浩二さん・・・。」
「喜美江、どうしたんだ?何か心配事があるのか?」
何かおかしな物を見るような目で私を見ていた。
「浩二さん!!!蛇に!蛇に気をつけてください!!!
へびに!へびに・・・」
「もういい!分かった!」
もう、ウンザリだというように叫んだ。
「でも!蛇が!へびが!」
「いい加減にしろ!」
+ + + + +
『あの、溝口さんの奥さん。狂っちまったらしいよ?
やっぱり、多恵ちゃんの恨みでもついてんのかね?』
『そういえばさぁ、多恵ちゃんってあの奥さんに殺されたって噂もあるよ?』
『やだねぇ、気味悪い。いつも聞こえてくるよね、蛇が、蛇がってさ。』
『本当に、どこかへ行っちまわないかね?』
『違いない。』
+ + + + +
溝口の家に悪い噂が流れてきて数日後
布団に横たわる私のもとに、浩二さんがやってきた。
「喜美江。」
「浩二さん・・・蛇に・・。」
「離縁してきた。
祐二はうちで育てる、今使用人に荷物を纏めさせるから明日には
実家に帰って欲しい。」
嗚呼、結局私は何もかも失ってしまった。
+ + + + +
喜美江と浩二が離縁した。
少しまずいわね。
この際だから、浩二の方はあきらめましょう。
でも、その分喜美江にはたっぷり苦しんでもらいましょう。
ふふふふふっ。
一夜目
かごめ かごめ
籠のなかの鳥は
いついつ 出やる
夜明けの晩に
鶴と亀が すべった
うしろの正面 だあれ
妬みは嫉み
二夜目
「多恵が身篭ったらしい。」
「相手は誰です?」
「そりゃ、おめぇ浩二さんに決まってら。
前々から噂もあったしなによりずっと一緒に居たんだ。
なんにもおかしかねぇ。」
「そうですね・・・。
なんせ私も多恵の事が心配だったモンだから
浩二さんなら何の問題もありゃしないわ。」
「そうだな喜美江。
おめぇと多恵は小さい頃からの仲だ。」
嫉みは怨み
三夜目
多恵が身篭った。
裏切った多恵が
浩二さんと
私を裏切った
浩二さんと・・・
くるくる廻る
四夜目
あの、喜美江ちゃん・・・?
ごめんね・・、浩二さんのこと。
でもね、喜美江ちゃんの恋人だからとかじゃなくて、
本当に浩二さんが好きだったの。
許してなんて言えないけど、2人の事を認めて欲しい。
廻って廻って
五夜目
死んでしまえばいい。
死んでしまえばいい。
死んでしまえばいい。
死んでしまえばいい。
死んでしまえばいい。
死んでしまえばいい。
悲劇になるよ?
六夜目
くるくる廻る
悲劇は廻る
恨み、妬み、嫉み、
廻って廻って
悲劇になるよ?
神様なら止めてくれるかな?
七夜目
狭い、丸い、輪の中で
蛇が、蛙が、百足が、やもりが
喰らうか
喰らわれるかの
円舞の中で
ずっとずぅっと廻ってる
ずっとずぅっと踊ってる
七夜七晩
止まる事無い
決して途絶える事の無い
五徳を持った
悪しき祈りが
終わりを告げる
{独女