5.

いい?ディノ。これから私、あんたに大事な事を頼むから。

盛大な啖呵を切った後何をしたら良いか解らず、自室で足踏みをしていたディランにメアリーはこう告げた。

私なんとしてでも、ジョンを説得したいの!でも、会わない事にはどうしようもないから。ディノに協力してもらう。
この前、アイツ。あんたの読みどおり次はあんたをやるって行ってたから、あんたには囮になってもらうわ。

囮ってお前・・・。やっても良いけどよ。説得できるのか?

やれるだけやるし。お願い!ディノ。ほら、「ジェームズさんに『防弾チョッキ』借りてきたし。
           *     *     *
そうして今に至るわけだが、流石に防弾するだけあってナイフも貫通できず。
ジョンの腕をディランが掴んだ形で静止状態となっている。
一撃目を失敗したジョンは掴まれた腕をねじり上げ手を解こうともがいていた。
「っ放せよ!」
ジョンは華奢な割に力は強いと自負していた自分を、容易く取り押さえるディランに反対の手で衣服の裏に仕込んであったナイフを振り下ろす。ディランが済んでのところで避けたのでそのナイフも、頭の横を掠め方に当たり防弾チョッキに阻まれた。
「まぁ、落ち着けよメイが話したいんだとさ。・・・おい!出て来いよ、メイ!」
ディランが声をかけたほうを見やると、グローブス家の生垣からメアリーが姿を現した。
「ジョン・・・、ちょっと話せるかな?」
おずおずと顔を見上げて言うとジョンは観念したように言った。
「勝手にしろ。」


「ごめん、ディノ。ちょっとどっかいってて。」
ジョンから手を離したディランはちょっと肩をすくめて、踵を返す。そして去り際ジョンにいたずらめいた言葉を残した、
「また、殺したくなったらいつでも来いよ。お義兄さん。」
「早く失せろ。」
ぶっきらぼうに言うジョン。なんか、こいつら仲良くなってない?
「で?メイは俺を捕まえて何がしたかったんだ?」
私を真っ直ぐに見据えて言うジョン、なんとなくジェームズさんの面影とか感じるな。ディランもジェームズさん似だし。
「だから、ジョンと話たかったんだって。」
ジョンはしばらく品定めするみたいに私の顔をじっと見た。右手の指が落ち着き無く動いている。
「いいぜ。取り合えず質問には答えてやるよ。」
よし。私は一息すってジョンを真っ直ぐ見据えた。ここまで来るのに時間がかかってしまって、すっかり日が落ちてしまっていた。
「まずは一つ目。あんたって本当は人殺すの嫌いだよね?ディノやジェームズさんを殺したくないんでしょ?」
ジョンの応えはそんなに間を置かずに帰ってきた。
「は?なにいってるんだよ。」
「じゃあ・・・、次の質問。
 あんた、復習のためなら何をしてもいいと思ってる?・・例えば私を殺す・・とか?」
今度は何となく間が空いていたと思う。
「邪魔するなら、それも厭わないぜ。」
「うそ。」
「ん?」
私は何となく、気分がそれに入ってきてジョンをビシッと指差して言った。
「今答えたの、全部嘘だよね。」
「何だよ。お前に何がわかるんだ?」
解るよ・・・だって、
「あんた昔から変わってないもん。嘘つくときは決まってその表情だったし、余裕がなくなってるときや、重要な事を考えてる時は右手の指がく 
 るくる動いてるんだから!」
必死に言う私を見て、ジョンは小さくため息をついた。
「昔とは違うよ。」
「違わないよ!あたし、覚えてるんだから。ジョンと遊んで工事現場に忍び込んで大怪我しかけたり、あたしがお祖母ちゃんと喧嘩したからって
 一緒に家出してくれたし、それにおままごとで結婚の約・・・」
そう言いかけて、思わず赤面してしまった。ケッコンのヤクソクって・・・。
「ご、誤解しないでよ!今はそんな気、無いんだかんね!」
しどろもどろな私を見てジョンはぷっ、と吹きだした。
「負けたよ、メイ。お前は昔から、変わらないんだな。」
「あんただって、変わってないじゃない。」
ふっ、と嘲笑気味にジョンは言った。
「俺は、変わったよ。一度だけな、ジェームズ・オーズリーに会いに行ったんだ。」
私はゴクリと喉が鳴ったのがわかった、だってジェームズさん一度もそんなこと言ってくれなかったじゃない。
「それで、会ったの?」
ジョンは静かに首を振った。
「いや、あの人が出勤する時間を見計らって家の近くの角で見てたんだ。そんで、角を曲がってきたら対面しようと思って、
 でもな、玄関のドアが開いた途端その気は無くなった。」
はぁっと、ため息をついてジョンは微笑んだ。なんだか複雑な顔だった。
「なんで?」
「だってな、奥さんや子供に玄関で『行って来るよ』って満面の笑みで言うんだぜ?奥さんは幸せそうに『いってらっしゃい』って、赤ん坊の方は
 父親に擦り寄ってわんわん泣きやがるし。なんか、めちゃくちゃ幸せそうでよ思ったんだ『俺が出て行ったら、迷惑だろう』って。
 そうだろ?平和に暮らしてるのに、隠し子なんて出てきて欲しくない筈だ。だからそのまま帰った。」
ジョンにとって父親は遠すぎて、眩しかったんだ。だから、簡単に手に入るジョンやミランダさんが羨ましかった。
「でもあんた優しいね。あたしだったら、出て行ってるよ。」
「お前、最低だな。さて、警察に突き出せよ。元からこのつもりでここで捕まえたんだろ?」
え?・・・
「どういうこと?」
警察?は?
「この辺はグロ-ブスの事件以来、警官が巡回してるんだよ。知らなかったのか?」
そんな事知らない。
「じゃあ、なんでディノを襲ったのよ!すぐに捕まっちゃうじゃないこんな所でやったら!」
私の質問にジョンはしれっと答えた。
「別にディランをやった捕まっても良かったんだよ。もう、怨んでる奴いないし。」
ちょっと待ってよ。
「あんた、元からジェームズさん殺す気無かったって言うの?」
「なんか、やっぱり父親って言うだけで情が移るんだよな。殺そうとは思わなかった。」
遠くで、こっちに向かってくる足音が聞こえた。灯りを持ってる、・・・警察だ。
「逃げなきゃ!ジョン。」
ジョンは焦る私と対照的に落ち着いていた。
「無理だよ。逃げたって追いかけられるし、捕まったら俺には証拠がある。見事に現行犯逮捕だ。」
そう言って、ナイフを私に掲げて見せた。
「なら・・・・・、これは私が貰う。」
強引にジョンからナイフを奪った。不意な事なのですんなりといった。
「お前が捕まるだろ!」
ジョンは私からナイフを取ろうとするが私も頑として放さない。
「私は、大丈夫!アリバイがあるから!」
ミランダさんの事件の時はジェームズさんと一緒にいた。アリバイに成るかは解んないけど。
「殺人犯相手に、何でそこまでするんだよ!」
私は、ナイフを完全に掌中に収めるとジョンから一歩下がって開き直った。
「殺人犯?・・・誰が?」
ジョンも驚いて、ナイフを取ろうとするのをやめた。
「私が知ってるジョンの犯罪は、ミランダさんとディノの殺人未遂だけよ!捕まるほどじゃないわ!私と逆方向に逃げてよね。」
「お前・・・、狂ってるぜ。」
そんなこと自分でもわかってる、本当はジョンの罪は許される事じゃない。
「あんたには幸せになって欲しいの!誰も、あんたを知らないところで再出発しなさいよ!」
言うが早いか、私はあの公園に続く道を猛ダッシュしていた。
後ろから警官がかけてくるのが解る、足音の具合からして一人じゃない・・・・。
二手に分かれられては困るのよ。
私は壁にナイフと擦りつけて走った。こうすれば、全員の足がこっちに向くはずだ。
案の定、こっちに向いてきたがこれからどうしよう。私もつかまるわけには行かない、漏れなく尋問されるから。
まだ私の姿は見えていないだろうけど、じきに追いつかれるはずだ。
昔から、向こう見ずだといわれていたけど・・・。これから気をつける事にしよう。
「メイ!」
不意に上から声がした。
「ディノ!」
ディランがアパートらしき建物の窓から手を伸ばしていた。
私もそれに捕まる。引っ張り上げられたところは空き部屋のひとつのようだった。
私の足音と、ナイフを擦る音が木霊して遠ざかっていくように聞こえた。警官も地の利の無い人たちばかりのようで疑いなくそっちを追っていった。
「ありがと・・・ディノ。」
荒れた息を整えながら私はディランにお礼を言った。
「まったく、無茶すんなよ。それで、ジョンは?」
私は、それから10分ほどかけて事の顛末を話した。
しばらく、無言の沈黙が流れた。
「帰るか・・・。」
先に口を開いたのはディランだった。
「うん・・・。ごめんね。」
ディランのお母さんを刺したのも確かにジョンなんだ。
「いいって。」
           *     *     *
それから、私たちは人目に気をつけてお祖母ちゃんの家に行き、そこからジェームズさんに電話して迎えに来てもらった。
ジョンのナイフはジェームズさんに保管してもらう事にした。ミランダさんも、無事一命を取り留めて退院した。
それから、ジョンの事は何も聞いてない。調べる気もない。
ただ、どこかで幸せになって欲しい。そう願っている。
ううん、きっと幸せになれる。
どこか、ジョンが心を寄せれる人のところで・・・。

                                       fin。