4.
『僕ね、遠くへ引っ越すんだよ。』
ジョンがにんまりと笑って砂場で遊ぶ私に言った。
『あ!嘘だ!ジョンが、その顔で言う時っていっつも嘘だもん。』
私も同じ様ににま、と笑って切り替えしていた。
『ちぇ、ばれたか。詰まんないの!』

目が覚めるとそこは自室だった。
「何だ、夢か。」
あれは、確か母さんが死んじゃうほんのちょっとだけ前だった。その時はまだ幼すぎてジョンの置かれてる境遇とか何となくでしか解らなかった。きっとジョンもそうだった。
だから、私たちの毎日は楽しかったんだ。
「まぁ、あの時から嘘つくときのニヤニヤ笑いは変わってないけど。」
ベットから起きて着替え始める。
昨日、私に脅しをかけたときのジョンの顔は小さい時のそれだった。あれからいろいろな事があってあの笑いも本当に怖いくらいだったけど、考えても見ると私をこの諍いから遠ざけてるように思えなくも無い。
「なんて、楽観的かしら?」
たぶんディランに話すと甘いって言われる。とにかく、ディランも危ないし気を抜いてはいれない。
プルルル、プルルル、プルルル・・・。
ディランの家よりちょっと小刻みな、電話の着信音が聞こえてくる。
急いで着替えを追えて電話に出ると、ジェームズさんの声が聞こえてきた。
『あぁ、メイ。ちょっと、出てきてくれるかい?話がしたいんだ。』
深刻な感じを含んだ声音に朝のまどろんだ空気も一気に引き締まった。
「解りました。そっちへ行けば良いんですか?」
『いや、ディノには聞かれたくないんだ。『ミロワール』という喫茶店に来てくれ、場所は解るね。』
聞かれたくない・・。昨日まだ話してないことがあったのか、それともジョンがまた何かしでかしたのか。
「わかりました、すぐに行きます。」
受話器を置いた後、私は財布を手に家を出る。普段親が家に居ないのも下手に言い訳を考えないで言い分楽だ。

まだ人通りの少ない歩道を歩いて私は『ミロワール』へ向かっていた。
あそこは喫茶店と称してはいるけれども、ファミレスの様な所で24時間営業だ。この時間でも開いてはいるだろう。
ミロワールはフランス語で鏡だったか、合わせ鏡はなんとも不気味だ。同じお互いがお互いを映して止まることなく繰り返す出口など何処にもありはしない。
同じ様に、ジョンが今やってる事にも出口は無いだろうな。恨みを晴らして恨みを買って堂堂巡りだ。だから、グローブス一家もオーズリー一家も全員殺してしまおうと思っているのかもしれない。
「輪廻の輪が切れても、残る物は無でしょうに・・。」
どうあっても、ディランを殺させるわけには行かないわね。オーズリー家の誰も殺させはしない、ミランダさんもまだ生きてる。
そうこうしている内に、ミロワールに到着した。
店内に入ると人影も疎らで、辺りを見回すと一番奥の席にジェームズさんを発見できた。
「ジェームズさん。」
私はジェームズさんの向かいの席に座りながら声をかけた。寝不足気味らしく、目の下のくまが目立っていた。
「あぁ、メイ。悪いね朝早くに。」
水を運んできたウェイトレスにジェームズさんはコーヒーを注文した。私も同じだ。飲めないけれどそんなにじっくり選んでるような状況じゃない様だし。
「それで、どうしたんですか?こんな朝早くに。」
いよいよ本題に入ると、ジェームズさんの顔がますます暗くなった。目の下のくまの所為もあって一層空気が重くなる。
「実は・・・、昨日ジョンから電話があったんだ。」
そのあとジェームズさんは大体の会話の内容を話てくれた。
この世に生を受ける事は無かったのに。・・・・、ジョンはそんなにもジェームズさんを怨んでいるんだ。
「悲しいですね。本当に悪い人なんて誰も居ないのに。」
誰もが少し間違っただけ。ジェームズさんはターニャさんを愛していたし、ターニャさんもそのことが解って居てジョンを生んだ。二人の愛した記憶の証として。グローブスの人たちだって、嘗ての恐怖の所為で憎んでいる政府の人間との間の子供を素直に受け入れられなかっただけだ。
本当に悪いというならロジャー・グローブスだろうけど、死んでしまってはもうどうにもならない。
何処にもぶつけられない憤りを抱えてしまって、全てを憎んでしまったジョンそれはとても悲しい。
「実は、私も昨日ジョンに会いました・・・。」
「!」
ジェームズさんは立ち上がらんばかりに身を乗り出す。ジョンは多分、ナンバーディスプレイを警戒して私に会った後近くの公衆電話からかけたんだろう。
「そうか、無事で何よりだ。君まで、傷を負ったら私は償い様がない。」
心底安心したように言うジェームズさんに私は反感を持った。
「ジョンをそんな風に言わないで。」
ジョンはとても悲しいのに。
「アイツは、無闇のに人を傷付けたりしない。今のジョンは昔と変わってなんかいない。
 ジョンがうそ臭く笑う時はいっつも、嘘をついてるときなんです。
 ジョンは残酷な事を言う時ほど、そんな表情でした。アイツは自分のやった事を嫌悪してるんです!
 それでもやめられない自分の事も・・・。私は、アイツから逃げるより・・・ジョンを、助けたい。」
緩んでしまった涙腺からはとめどなく涙が零れて。それを困ったように見るジェームズさんと目が合って。
ひとつため息をこぼしたジェームズさんの表情が軽く、なったように感じた。
「仕方ないね、ジョンを頼むよ。どうやら、私は何処までも無力らしい君みたいな女の子に事の全てを託すんだからね。」
事の全てを託されるのは不安だけど、自分で決めた事なんだから。
「あら、女の子を甘く見ちゃダメですよ。きっと、凄いパワーが詰まってるんだから。」
軽口を叩いて気を紛らわす。どれだけ決意を固めたって、ジョンに会わなければどうしようもない。
だから私はある行動に移った。
           *     *     *
ディランは、ジェームズからずべてを聞かされた二日後、一番初めに事件のあったグローブス家に来ていた。
「別に、なんともなさそうだな。」
一軒屋を見上げて一昨日の話に思いをはせた。
「くそ、絶対に改心させてやる!」
実を言うと、ディランも異母兄の置かれていた状況には同情しているし、自分もそんな中でいたなら善人に育つとは思わなかった。
「けど、胸糞わりぃじゃねぇかよ。」
他にも捜査対象になっている場所へ行こうと、踵を返す。道すがら、同い年くらいの少女とすれ違った。
ドスッと腹部に衝撃が走る。一瞬息が詰まるがすぐに切り返してナイフを持った腕を掴んだ。
「出たな!ジョン!」