3.
「ここ、俺んちじゃ・・。どういうことだよ。」
ジェームズさんは今日、休みのはずだ。ジョンの言ったことも気になる、それ以上にディランが何も知らない事は許されるべきではないと思うのだ。
「ジェームズさん・・・。居ますか?」
ジェームズさんの部屋の戸をノックした。中からの返事を確認して戸を開ける。
部屋の中はごちゃごちゃとしていて、資料等であふれていた。その部屋の窓辺にあるデスクに座って居たジェームズさんは椅子だけを回転させてこっちを見た。
「メイ、何処行ってたんだい?留守番を頼んでおいたのに。」
私は、珍しく五月晴れの夕方。夕日が差し込む部屋で覚悟を決めた。
「今日、ジョン・グローブスに会いました。彼は私の友人です。」
例文みたいに淡々と言った。それだけで、向うにも伝わったようだ。
「彼は、なんと言っていたかね?」
その、観念したような顔に私は逃げたしたいような衝動を覚えた。
* * *
「ジョンは、全部やったといいました。まだ、続けるようです。」
コロシタ、コロス。その言葉が怖くて、遠まわしにしかいえなかった。
言った後、思わず目を瞑ってしまった私の肩にジェームズさんはふわり、と肩に手を乗せた。
その顔を見やると、とても緊張していと思う。
「出来れば、言いたくはなかった。と言ったら、信じてくれるかな?」
そんな表情を見ると、頷く事しか出来なかった。
昔話の始まりは決してお伽噺じゃなかった。
回想に耽るようにしばらく考え込んだ後ジェームズさんはポツリ、またポツリと話し始めた。
「ほんの十七年前の事だ。この国にな『穢れ無き蒼』と名乗る一族が現れたんだ、実際行動したのは一人、ロジャーという男だがね。
他の人たちは共犯者ということにされていたんだ。その人たちの目はとても済んだ蒼だった。
ロジャーはその目で人の心を操れるといったんだ。」
まったくの、夢想だ。そう思いメアリーは思ったままを口にするとジェームズさんは頷き話を続けた。
「そうだ。始めは皆、戯言といって信じなかった、悪戯と思ったんだ。だから、何処のメディアも取り上げはしなかった。
だけど、その後何人もロジャーに操られて罪を犯したり、自殺したといった事件があったんだ。その事は政府がもみ消して公にはしなかった。
でも、ロジャーはもちろんほかの一族の人たちも捕まった。そして牢屋行きさ。」
「結局、どうなったんですか?」
この国の事なんて思えるはずがなかった。現実味がなさ過ぎる。
「ロジャーは、終身刑を受けていたが最近死んだよ。他の親族の人たちは、捕まって『蒼い目』の研究をされていた。
それはもう酷いものだったよ。言ってみればその人たちはまったくの無実だ、実際研究したところでただの目だった。
無実を訴えても受け入れてはもらえなかったんだ。皆、嘆き暮らす日々だったよ。当時私は、その人たちの見張りを申し付かっていたがそれは酷かった。」
だんだん・・・、なんか分ってきた。その人たちは・・・
「その人たちは、グローブスさん?」
あの人達は、警察を嫌った。時々、苦々しげに毒づいていたのを覚えている。
「そう、私はその中の一人。ターニャ・グローブスと親しくなった、ジョンのお母さんだ。」
絡まっていたロープが解けていく。でもそのロープに繋がれていたのはとても恐ろしい怪物だったんじゃないのか?
「私たちは次第に、愛し合って行った。私は彼女を幸せにしたいと思ったし彼女も私の存在があの中での小さな希望だったんではないかと思う。
だから、私はあの一家の脱獄に手を貸したんだ。投獄されて一年を過ぎたころだった。」
私は、横目でディランを見やった。まだ、全てを分ってはいないようだったがだんだんと話が分って来たらしく表情が硬かった。
「実際、脱獄は難なく進んだ。検査では陰性だったし、それ以上に政府は無実の人たちを一年以上も監禁した事を表ざたにはしたくなかったんだろう。グローブスさん達の居場所を突き止めるだけで何もしはしなかった。だけど、その五年後さターニャがジョンの存在を私に知らせたのは。」
十二年前・・・。ディランはもう三歳だ。それって、
「父さん。いい加減じゃないのか?その、ジョンって奴が居るのを知らなくてもその人愛してたんならなんで母さんと結婚したんだよ!」
ディランの表情は完全に曇っていた。激しい憤りを抑えようとするかのようだ。
「ディノ・・・・。」
ジェームズさんは言い訳するでもなくディランの瞳に真っ直ぐ応えた。
「脱獄する時に、ターニャとはもう縁を切ったんだ。本気で逃げるなら私という繋がりを辿られるとまずいんだ。
お互い、今後どうなろうともう関わるまいとね。それからミランダと出会ってディノが生まれた。
ミランダもその経緯を知っている。後ろめたいところはないんだ。だが、ジョンは私を怨んでいるんだな。」
『裏切り者のふしだら女』
グローブス家の人々がターニャさんをそう罵倒するのを聞いた事があった。
自分達を投獄した政府の人間を愛し子供まで生んだからだろうか?そして、追い出さないのはターニャさんのお陰で助かったのも否めない事実だから?そしてジョンはその子供としてひどい迫害を受けたんじゃないだろうか?
だからジョンはグローブスの人たちを怨んでそして、殺した?
「とても悲しい・・・。ジョンはとても辛い仕打ちを受けていました。」
ジェームズさんは物思いに耽るように目を閉じた。
「だから、殺して。今度は俺らを殺そうとしてるのか?それって勝手だな。」
ディランが口を開く。その目にはさっきと違いまだ見ぬジョンへの憤りが詰まっていた。
「でも、ディノ。」
諌め様とした私にディランは瞳を向けてきた。その色が少し怖かった。
「なら。なら殺していいのか?嫌だから殺す。それはとてつもない悪循環だ、人間なんのために生きてると思ってるんだ?
腹立ってきた。絶対思い知らせてやる、多分あいつの次の標的は俺だ!父さんをじっくり甚振るつもりみたいだからな。」
この思考の転換の早さがディランの長所だけれども、自分が殺されようとしてる状況でそれはないんじゃないのかな。
「ディノ。」
突然ジェームズさんが話に戻ってきた。
「お前は、じっとしてなさい。お前にまでどうこうなられては私はもうどうしようもない。それにジョンにも罪を重ねてほしくない。」
その言葉にディランはカッとなったようで、さっと踵を返して部屋から出ようとした。
「父さんは勝手にしろ!俺だって勝手にする!」
ディランが出て行った部屋は驚くほど静かになってしまった。
「ジョンは多分本意ではないと思います。だって、とても悲しそうな顔をしてました。」
ジェームズさんは深くため息をついた。
「そうだと、祈ってるよ。」
* * *
「よぉ!」
家に帰ると門の前にジョンが居た。
「ジョン!」
辺りはもう暗くて、ジョンの姿はよく見えなかったが前と違う女装でウィッグをつけているようだった。
「ジェームズ・オーズリーに話は聞いたか?」
身体が緊張するのが分る。前、この辺でジョンを見かけたのはミランダさんが刺された時だった。
「聞いたわ。ディノが次は自分だって言ってたけど・・・。」
するとジョンはにやりと笑って口を開く。
「頭良いんだなそいつ。確かに、ジェームズ・オーズリーを追い詰めるんだからそうだろう?」
やっぱりだ。
「や、やめなさいよ!何のためになるって言うのよ!」
ジョンはますますニヤニヤと笑って私に言った。
「いいのか?殺人鬼を刺激して。次ディラン・オーズリーの前にお前に行くかもしれないぜ。」
私は身を硬くした。昔のジョンとはもう違う、とても怖い。
「まぁ、今日は帰るけどな。」
そう言って、ジョンはゆっくりと帰っていった。
ジョンの後姿が完全に見えなくなるまで動けなかった。
そして、のろのろと自宅にはいって、大きく息をはいた。
「嘘つき。」
* * *
プルルルルル、プルルルルル・・・・
電話のベルが鳴る今はもう夜中でディランも寝付いていた。
「はい、もしもし。」
『もしもし『お父さん』?』
はっ、と息を呑む。電話越しでも分ったのだろう、向うはクスリ、と笑いを漏らした。
「君がジョンかい?」
『そうですよ。あなたがボクの『お父さん』らしい。あなたは罪深い人だ、あなたさえ居なければボクはこの世に生を受ける事はなかった。』
「とても・・・、すまない事をしたと思っている。」
また、クスリ、と笑う。
『本当に。まぁ、昔から父親は超えるものだというでしょう?ボクはあなた以上に深い罪を負うつもりです。ディラン君・・・、でしたよね。お気をつけて。』
そして、電話の向うからはツー、ツーっという電子音が聞こえ来た。
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